MMOの時代。ゲーム廃人が得たものと失ったもの

2000年台前半・・・それはMMORPGの壮明期・・・

当時はインターネット環境が一般家庭普及し始めた頃で、まだadslだとかisdnだとかが一般的で、光回線なんていうのもあまりなかった時代。

当然スマホなんかはなくて、ガラケーが基本。

ゲームは自宅で一人でやるもの、、あるいは家に友達と集まってやるものという認識。

 

そんな時代に現れた画期的なゲーム、、それがMMORPGといわれるものだった。

MMORPGとは何か簡単に説明すると、ネット回線で世界とつながりリアルタイムに何千人で遊べるゲーム。

これまでのゲームの概念を一気に覆し、「あったらいいな」をことごとく備えたその魅力的なゲームは、当時の僕たちにはすさまじい衝撃で、世界中に数百万人単位で「ネット廃人」を生み出した。

当時独身男性の引きこもりといわれた人のほとんどは、

何らかのネットゲームをやっていたという・・

また、普通に見える主婦の多くも、日中夫が仕事に出ている最中は10時間以上ゲーム漬け・・

といったことが社会の水面下で進んでいた時代。。

 

「LINE」のような便利なスマホアプリもない時代、、ゲームはただの娯楽だけでなく、リアルタイムでつながれるチャットツールとしての側面もあった。

日常の生活に意義を見出せない人間も、ゲームの中では大胆に強くなれた。

あるいは、、チームをまとめるリーダーにもなれたし、

ゲーム内通貨の経済力を誇る富豪にも慣れた。

何者かになれない者にとってのオアシス・・それがMMOだった。

日本ではラグナロクオンラインやディアブロオンライン、リネージュやウルティマオンライン、MU奇跡の大地や、レッドストーンといったMMOが人気で、私はハンゲームと提携していたMU奇跡の大地に登録するやいなや、大学受験も忘れてのめりこんだ。

ゲームをやりたい一心で、某旧帝大がセンター後にB判定であったにも関わらず、後期には、センター試験だけで100%合格が決定している聞いたこともない大学を「滑り止め」として選んだ。

親や教師は旧帝大に合格することを楽しみにしていたが、僕は自分から滑って止まるつもりだった。これ以上受験勉強や浪人にゲームの時間を奪われてはたまったものではない。

僕はどこでもいいからさっさと合格し、一人暮らしでゲームに没頭すると固く決意していたのだ。

親と教師には怒られないよう、某旧帝大には2次試験には向かったが、宿泊先でゲームをして

まともに受験会場に向かうことはなかった・・そのことは今でも僕だけの秘密だ。

こうして、無事に一人暮らしをゲットした僕は見たこともない地でMMO一色の生活を始めた。

 

それほどまでに心を奪ったMMOは、その後は約2年間生活の中心にあった。

世俗の生活や、一般的にあこがれとされるキャンパスライフへの未練も捨てきれなかったので、

表面上は部活動やサークル、飲み会にも顔を出す「リア充」を演じてはいたが、

隙があらば、携帯からアイテム売買掲示板にアクセスし、

ゲームのアイテムのオークションサイトでレアアイテムを物色した。

飲み会があると酔いつぶれたふりをして、仲間たちの声を尻目にお宝アイテムに入札する日々。

授業や部活が終わると猛ダッシュで帰宅し、レアアイテムのイベントをこなした。

 

誰も気づかないゲームの仕様をいち早く韓国語サイトから仕入れ、日夜研究した。

早く強い装備を欲しい心を抑え、値下がりしない装備を買ってコツコツ商売に回した。

あらゆるアイテムの相場を熟知し、徹底的に買い上げ、売りさばいた。

大規模なアップデートがあると、相場を予測して利ザヤで大儲けした。

不足が予想される物資を買い集め、値上がりしたあとに供給した。

ゲーム内アイテムの確率や経験値の正確な計算で誰よりも効率的にキャラを育成した。

間違いなく、日本で、いや世界で一番そのゲームを攻略していたのは僕だった。

チームの仲間はあぶれ者ばかりだったが、全員がコミュニケーションが不器用でまっすぐな奴らばかりだった。来るもの拒まず去る者追わず。

僕の元には多くのアブレ者が集まり、いつの間にか一大勢力になるまでに大きくなっていた。

チームは自由とユーモアを最大限に重んじていた。

他のチームと違い、同調圧力や息苦しさはなく、各自が好き勝手にやりつつも、お互いを助け合う雰囲気が自然と作られていた。

アイテムのために遊びたくない日に招集することもなければ、ノルマもない。

嫌な相手と経験値のために無理につるむ必要もなかった。

好きなときに好き遊び、それでも戦って、稼いで、勝った。

その方法を惜しみなく伝え背中で示した。

他所では誤解され2chで悪者にされがちだったメンバーもこのチームでは悪態は鳴りをひそめ、仲間になにかあったときは自分から協力したり、チームのために悪いことを自制するようになった。

みんながあぶれる人がいないように気を配り、全員がいつも生き生きとしていた。

彼らのほとんどは高校生だったが、僕を慕ってくれていたし、僕も彼らをかわいがった。

 

そうしてゲーム中心の生活を2年続け、僕はいつの間にか数万人の頂点になっていた。

僕だけではなく、有力な情報はチームの仲間と共有し、各々がゲーム内でも有名な存在になっていった。

社会人でゲームに百万円以上費やした人でさえ、敵ではなかった。

僕のキャラが装備するアイテム一つの価値だけでも、普通に遊んでいるキャラの全身を集めたよりも高い、、、

武器などはワールド中で自分しか持っていない、、、今後数年かけても作れない代物だった。

2chを見れば賞賛と嫉妬が渦巻き、、、対戦でも、クエストスコアでも敵なし

まさに、「皇帝」であった。

 

ところが、ゲーム内でありうる最強の装備、誰もが認める存在、になって1か月。

きらびやかな装備をまとい、ゆうゆうと「登場」する。みんなから声をかけられる。

突然動きが止まってこちらの方向を一斉に見る(クリックして向きが変わる)

毎日のように戦争の助っ人を頼まれる・・・

そんな日々が続いていたある日、

 

これまでに感じたことのなかった虚無感が突如として僕に降りかかってきた。

ゲームにログインしてこんな気持ちになったことは初めてだった。

始めた当初のワクワク・ドキドキは完全に無くなり、待っているのは惰性の作業だけだった。

頂点に上り詰めた今、惰性の作業から得るものはもうなかった。

 

この世界にとどまってもうやれることはない。

この先はやらなければ落ちる一方。やってもこの先もずっとこれ以下の状態が続くだけ。

やれることはすべてやった。ここらが潮時だ・・・ そう直感した。

 

不思議ともう迷いはなかった。

ゲーム内の人間関係に多少のためらいは感じたが、本当に親しい人だけに連絡先を教え、身を引いた。

ゲーム内のアイテムには現実の通貨がやりとりされるほどの価値がある。

RMTと言われるサイトで売買が行われている。

僕はこれまで一度も「買い手」としてそこを使ったことはなかった。

学生で貧乏だった僕は、創意工夫と執念的な情熱だけで頂点に上り詰めた。だからRMTで金の力で装備を強くする大人をなによりも目の敵にしていた。

そんな僕がついにRMTに手を出す日が来たのだった。史上最大の売り手として・・

僕の装備は出品してわずか3日で飛ぶように完売した。

どれもこれもがワールドで一つしかないとびきりの一点物だった。

大人たちは見境なくとびつき、先払いでいいから譲ってくれと数十万の大金を僕に振り込んだ。

ロクにバイトもしていなかった僕の口座は、次の週には100万円を超えていた。

 

こうして僕のMMO生活は幕を閉じたのだった。

やり切ったせいか、あれから十年以上またやりたいと思ったことはない。

 

その時に作った貯金が今の仕事の元手になっている。

今でもサイトを売買して生計を立てているのだから不思議なものだ。

世間から見たら、まっとうになったと思われるかもしれないが、

プログラムのゲームを卒業しても現実の世界でゲームをやっているようなものなのかもしれない。

 

課金ゲーム依存症の夫

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スマホやインターネットでのゲームは今の時代当たり前のようにやっている方が多いと思います。ゲームは元々あまり興味がない私なのでゲームの楽しさが今一つ判りません。しかしウチの夫は限度を超えた課金ゲームをしていました。
それが発覚したのは子供が4ヶ月頃です。カードの明細が送られてきた時の事。最初は月に2千円程度のゲーム代だったのが半年後には何と10万円越えの請求書が届いたのです。
思わず目を疑い何度も確認しましたがやはり請求書の内容がほぼゲームの課金でした。問い詰めたところ夫曰く「RPGをやっていてレベルを上げたかった、やっているうちに面白くなりアイテムを増やしていくうちに止まらなくなってしまった」との事。
ゲームにあまり興味がない私にとって課金ゲームはまさに未知なる世界なので、さすがにこれ以上課金ゲームをするのは生活に支障をきたすからやめて欲しいと頼みました。
ゲームの面白さ、楽しさが殆ど解らないので課金ゲームの楽しさに理解が出来ません。夫は「ゴルフやスノボー、スイミングやヨガでお金を使うのと一緒」と言って課金ゲームを止めようとしにのです。
体を動かす為に費やす金額とゲームに費やすのでは全く違うと思うのですが、夫は一緒だと言い張るのです。確かに趣味にお金を費やす事はあると思うけど、ゲームが趣味だから課金してやってますとは違うと思います。
ゲームを止めろとはは言わないけれど、家族の為生活の為にゲーム依存症を何とかして欲しいデス。

ゲーム中毒の人達が理解出来ません

最近電車の中でも皆スマホを片手に眺めています。たまたま後ろに立ったり横に座った人をちらっと見ると多くの人がゲームに夢中なのに驚かされます。電車に乗っている間にメールの返信をしたり、インターネットで情報を検索したりするのは理解出来るのですが、中高生だけでなく、大の大人が脇目も振らずにゲームに熱中しているのです。お年寄りが近くに立っていても座りながらゲームに夢中で勿論席を譲りませんし、時々音を出したままゲームをしている人もいてぎょっとします。

また、知人にもゲームに夢中な人が沢山います。一度ショックを受けたのが、同級生で集まる約束があったのに「オンラインゲームの集会が重なったから無理」と断りの連絡が合った事でした。会った事も無い人とのゲームのイベントがリアルな友達との集まりより優先された事がとても悲しかったです。また、頑張ってみても理解出来ませんでした。

他にも義理の兄もオンラインゲームに夢中なのですが、結構な金額を課金していると知って驚きました。はっきり言いませんでしたが月に1万円くらいは課金しているとか。最近のゲームは昔の買ったらずっと遊べる物ではなく、無料で始めて課金をして行くというのが常識だそうですが、怖いシステムに感じてしまいます。私からするとそのゲームにかけたお金は捨ててる様にしか見えず、隙あらばゲームに没頭している姿は中毒にしか見えません。

空いてる時間に暇つぶしやちょっと遊ぶゲームは理解出来るのですが、課金までして、周りも見ずにゲームに夢中になってる姿はちょっと異様に感じてしまいます。時間は戻ってきませんからもうちょっと有効な事に使えば良いのに、というのが私の考えです。

私はゲームがとても好きですが親には理解されません

私はパソコンのネットゲームもしますし、スマホでも気軽なゲームをしたりもします。
もちろん家庭用ゲーム機でも遊びます。
どちらかというとアニメ調のゲームが好きで格闘ゲームやRPGのようなゲームを好きでやっています。


親からは何が面白いんだとよく言われたりしますが、お金が足りない時などは親にねだってゲームソフトを買ってもらうこともあります。


ゲーム好きに至った経緯は私がファミコン世代だったからだと思います。


親からしたら買ってまでやるものなのかと言われたりしますが、大人の趣味としてはゲームはお金がかからないほうなので、
私は結構良い趣味だと思っています。


テキストアドヴェンチャーのようなゲームでしたら、知識がつくようなこともありますし、勉強になることもあります。


またレースゲームなどは日ごろのストレス発散にはちょうどよい爽快感で何で親はゲームをしないのかわかりません。
昔みんなでできるレースゲームに家族ではまることは一度だけありました。
がその後は家族でわいわいゲームすることはなくなりました。


友達はどちらかというとスマホの簡単なゲームをするくらいの人がほとんどで、
私のように家でじっくりゲームをするという人は少なくなってきています。
ゲームは歳をとってくると結構飽きてくるものではありますが、楽しいと思ってやれば楽しめるものです。


そして最近のゲームはとても映像や音楽が綺麗でまるで芸術作品に触れてるようですらあります。
周りのみんなはゲーム熱が少ない感じですが私はこれから一生ゲームに熱中していきたいです。

これでいいのか「ポケモンGO」

昨日から、ネット配信が可能となった、任天堂が開発したスマートフォン向けゲームアプリの「ポケモンGO」。様々なメディアで話題を呼んでいる。_x000D_
“歩きスマフォ”を助長しかねないのではないかと、安全面を配慮した利用を呼びかけるのを、なんと遂に政府が呼びかけるという事態になった。_x000D_
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それはというのも、この「ポケモンGO」というゲーム、スマートフォンのカメラレンズで映し出された背景から、ポケモン、ポケットモンスターを_x000D_
見つけ出せる、というゲームである。最初のポケモンがスマフォを通してではあるが、現実の世界でポケモンを“ゲット”できるという、なんとも便利_x000D_
なったというか、楽しくなったというか、面白くなったようではある。_x000D_
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しかし、そうした中でも、すぐさま弊害が出てきたことも明らかになった。様々なところで言われていた、歩きスマフォが多く見られるようになった_x000D_
のはもちろんのこと、文化施設等では、クオリティを考慮して、利用を禁止するところも出てきた。出雲大社では、神聖なる場所でスマフォを持って_x000D_
歩くことがやはり畏れ多いのか、憚れるのか、アプリの使用を禁じることになった。_x000D_
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それだけならまだいい。日本に先んじて利用可能になった米国では、ポケモンを見つけるために、原子力発電所の敷地内に入ってしまったり、カナダ_x000D_
ではこともあろうに、米国の国境まで入って“越境”し、一時拘束されてしまったこともあったようだ。_x000D_
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正直に私見を言わせてもらうと、売り上げを伸ばすためなら、このような迷惑な行動を許されるのか?文化のクオリティを落としかねない行動を許す_x000D_
のか?踏み込んだ私見としては、文化の大切さを顧みない経済活動を積極的に行ってきた日本の企業が「ポケモンGO」を開発しているというところが_x000D_
興味深くて仕方ないのである。

9.11同時多発テロと日本企業

昨今、世界中でテロ行為が頻発していますが、近代における最も衝撃的なテロ事件と云われるのが、2001年9月11日に発生した、所謂、アメリカ同時多発テロ事件であろうと思います。丁度、この日、私は仕事でシリコンバレーに滞在していました。午後からミーティングの予定があり、午前中は滞在先のホテルに居たときのことです。TVからニュース速報が流れ、ニューヨークのWTCに飛行機が突っ込む映像が流れました。その数分後に、2機目が衝突する映像がリアルタイムで放映されました。不思議なもので、このような想像もつかない大事故の映像をみた時、多くの人は”映画でも見ているようだ”と云いますが、私も全く同じ意見でした。偶然にもこの2機目は、便こそ違うのですが、2日前に私がボストンからサンフランシスコに到着した、同じユナイテッド航空機でした。その日の午後になって、ミーティングの予定がありましたので、約束のオフィスに行くと、ほぼ全ての従業員が朝から、TVの報道を見ており、仕事にならず我々とのミーティングでも全員、身が入らず低調なものとなった事は云うまでもありません。午後には、アメリカ全土の空港は無期限閉鎖するとの政府方針により、3日後にサンフランシスコから日本に帰国する予定だった私は、ホテルで足止めされる事になりました。結局、予定よりも4日遅れでチケットをゲットできる事になりましたが、ここで、思いもよらない問題が持ち上がりました。この時、私は東海岸から西海岸を回り、日本に帰国するという10日前後の出張でアメリカを訪れていました。同時多発テロの件は、勿論、日本の会社側を知っており、予定通り帰国できない事も承知していました。その頃、サンフランシスコ空港は西海岸と云ってもハブ空港でしたので、チケットを待つ人で連日、ごった返しており、私も滞在先のホテルから毎日のように空港に通っていました。そのような状況で、漸く、チケットを入手し、いざ、翌日には帰国できるという矢先に、日本の会社側から以下のような通知書が回付されてきました。「記 米国への渡航および帰国に際しての注意事項:身の安全がが確保できると判断される場合には個人の意思により実施すべし」と要約するとこのような文書です。呆れて、何も云えませんでしたが、会社側としては、万が一の事を考えると、このような対応しかできなったと思います。不謹慎ですが、十数年が経過した昨今、頻発する世界各国でのテロに遭遇している日本の会社員の方々には、このような状況にはなっていない事をお祈りするばかりです。